熊本地震から時間軸を追って私たちがどう行動したのかFacebookのタイムラインを基本に組み立てみます。

 

義父浅川の投稿でご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、生後3ヶ月の娘がいる状況での避難所生活に不安を覚えたのもあり水俣へ避難しております。
今夜と明日夜はホテルにて過ごします。
その後の状況を見て身の振り方を考えたいと思います。

2回目の地震を経験した私は、その被害の大きさとともに、今この熊本に居るという事が重要なのか? もう一度考えることにした。その結果、地震の為に近くの小学校に避難している元妻や家族に連絡を取り、一旦熊本を離れ避難することを決意した。

この時、子供たちの方は避難に積極的だったが、年配者は自分の家を離れるということに関しては不安があったようだ。

子供たちは、各種SNSで状況を知っており、少し離れたら被害の影響は小さいことを理解していたが、情報が十分でない年配者の方はそういった情報もなく、判断が難しかったのだろう。

このことから後に自然災害サイバーレスキューチームという震災復興ICT支援を開始することとなる。

*下記は元妻の路子さんの記事からの転載です。

被害に合われたお友達のみなさんお一人お一人にお見舞いしたいのになかなか余裕が無く、でも投稿でみなさんの無事が分かり涙が出るほど嬉しいです。

きのうの午前1時半過ぎの地震で、我が家もめちゃくちゃになりました。
前日の大地震には耐えていた家具や壁も、倒壊したり破損したりで、再びこの家に住めるようになるまでにどれくらいかかるのか、今は目処が立ちません。
今は家族みんなが無傷で命がある事に感謝しかなくて、それ以上何も望みません。
きのうから、悲しい涙よりありがさにばかり涙が出ます。

昨夜は家族みんな上着を羽織る間も無く家を飛び出したので、娘夫婦、孫、母、長男、次女みんなで丸く固まっておしくらまんじゅうのようにして暖を取りました。

避難した泉ヶ丘小学校も全てのライフラインが止まっており、トイレもほぼ使用不可能。かろうじて使用可能なトイレには長い列ができ、プールの水を各自バケツで運んで水を流しました。
きのう朝、元ダンナ夫婦が避難所に来てくれて「赤ちゃんも居るし、今夜からの雨風の間だけでも、一旦余震が無い場所まで移動しよう」と提案しました。
元ダンナ夫婦、娘夫婦、我が家の3台の車で連なって水俣まで下りました。
昨夜は私と母、娘夫婦と孫はビジネスホテルに、元ダンナ夫婦と長男、次女は車で寝ました。
ネットでの情報ではまだ避難所には物資も届かず仮設トイレの設備なども無いようなので、今夜もう一泊して明日避難所に戻る予定です。
夕べは久しぶりに余震の恐怖から解放されて眠ることができました。

今回の地震で、冷静で的確な判断で家族を守ってくれたのは息子で、こんなに息子を頼もしく思ったのは初めてで、またありがさに涙が出て来ます。

我が家は何もかもが家具の下敷きで、開かないドアも多数あり、今の段階ではちょっと物を取りに行くのも難しいです。
でもインコだけは散乱する物を乗り越えて取りに行き、カゴを車に乗せて一緒に避難しています。
今日はダイソーや古着屋さんで最低限の日用品を買う予定です。

お友達のみなさん、顔が見えなくても気持ちはみんな一緒だと思いますので、希望を胸に前を向いて行きましょうね(*^_^*)

 12987233 871487769645705 3641172850391480685 n

 

現在家族とともに水俣市に避難してきています。友人たちの安否も非常に気がかりでしたが、今のところ怪我などの情報は入ってきていません。

こちら水俣では揺れ自体もほとんど感じられることがなかったのですが昨日の暴風はなかなかのものでした。

それでも家族はみんなぐっすり寝ていたようで、少しだけ避難所生活の疲れが取れたのではないかと思います。

現在のインフラの状態を考えると、このような形で避難することも1つの方法だと思います。

さすがにこちらでもコンビニのお弁当等はほとんど売り切れ状態ですが、営業は通常の形で行われています。

商店やレストランなども概ね通常営業で昨日は家族で食堂に入り夕食を共にしました。

13051539 1069962486360321 801829258735102388 n

deltaworks 3848

© 2017 熊本復興大学 All Rights Reserved. Designed By DELTA WORKS